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音威子府駅−南稚内駅



   音威子府駅

宗谷本線参照





   (上音威子府駅 (かみおといねっぷ)  廃止)

以下 2025/01/01


冬の上音威子府駅跡。国道からは雪のためアクセスできませんでしたが、国道沿いから見ると駅名標が見えました。夏は草ボウボウですが、手前の木が刈られているのか国道から駅名標だけキレイに見えました。

以下 2023/09/05


前回訪問時の直後に駅名標が復活したそうです。が、なかなか行けずやっとの訪問となりました。崩れたホーム端は補修され、駅名標が建っています。一応、草が刈られている感じはあるのですが熊が出そうでのんびり見ていることができません。早々に車の中に撤収ですが、3D動画で当時を再現したものがあったので現地でソレを見て涙・涙でした(T_T)

以下 2014/08/18


地元有志が立ち上がり、崩れたホームの調査が入っていました。この直後、ホーム端が補修され、駅名標が復活したということです。とてもありがたい話しですね。

以下 2010/08/20


3年ぶりに訪れてビックリ。ケータイの基地局のアンテナ工事がされて、ホームの一部に電柱を建てているところでした。重機がホーム跡に上がった跡があり、ホーム端が崩れていました。ケータイの電波が飛ぶことは良いことですが…コレは無いなぁ〜で涙でした。

以下 2007/08/19


当時はスマホも無く、廃止された駅の位置を知ることが難しかったです。この前の年にも行って探していたはずですが見つけられませんでした。やっとのことで入口がわかって入ってホーム跡を見ることができて感動しました。廃止当時からほぼ無人の野だったみたいですがマジで回りに何もありません。ひっそりとホームが草むらに埋もれているのに涙したものです。





   (小頓別駅 (しょうとんべつ)  廃止)

以下 2025/01/01


雪の小頓別駅跡。特に変化は無いようだ。ちゃんと除雪されていました。


以下 2023/09/05


駅跡はバス停になっていました。バス停の表に当時の駅に掲げられていた駅名の看板がついていました。1970年代初頭まで、ここは歌登町営鉄道の分岐駅でもありました。当時の名残か、広い構内は公園っぽく使われていましたが、回りに民家もなく寂しくなっています。国道沿いにかつての旅館の跡が残っているくらいでした。この訪問の直後、天北線の代替バスが廃止されました。二度目の廃線と言われています。鬼志別から旭川行きの都市間バスの天北号が出ていますが、ここは停車駅にはなっていないようです。代替バスの代替(?)としてオンデマンドバスが運行されるようになりましたが、ここがバス停になるのでしょうか?





   (上頓別駅 (かみとんべつ)  廃止)

以下 2023/09/05


しばらく駅舎は残っていたようですが、解体されて空き地になっているという記述がありました。国道沿いのバス停の位置が駅付近ではありますが、駅がどの部分だったのかは全くわかりませんでした。当然回りに民家も無く寂しいところでした。






   (恵野駅 (めぐみの)  廃止)

以下 2023/09/05


元は恵野仮乗降場でありJRになったときに駅に昇格した駅です。板きれの駅だったようですが、痕跡もなくGoogleマップでの位置合わせでこのあたりだったとしかわかりませんでした。路盤跡すらわからなくなるとは…廃止後30年以上の時の流れを感じます。





   (敏音知駅 (ぴんねしり)  廃止)

以下 2025/01/01


冬の敏音知駅跡。天北線の3D動画の舞台になった敏音知駅跡ですが、冬の雪景色が舞台だったので冬に来たかったのです。今ではピンネシリ温泉があって道の駅がありますが…その他民家は見当たらない場所になっています。年末年始はピンネシリ温泉は休業だったので入ることはできませんでした。

以下 2024/09/10


天北線の3D動画の舞台になりマジでハマったので再度来てしまい、疑似ホームの椅子に座ってしみじみと、ぼ〜っとしていました(笑) でも、やっぱり舞台となった冬の敏音知に来たいと思うのでありました。

以下 2023/09/05


道の駅ピンネシリとキャンプ場の間くらいにある敏音知駅跡の公園です。疑似ホームに駅名標があります。過去の地図と比較してみると、ちょうどこの位置がかつての駅の跡みたいです。ちゃんと位置合わせをしてくれているようですね。

以下 2010/08/20


国道沿いなので過去に何度か来たことがあったはずだと調べてみると…(゚Д゚) 疑似ホームに電柱が2本建っていました。かつてのハエタタキと呼ばれていた電柱の模擬でしょうか? 老朽化か何かで撤去されてしまたったのでしょうね。





   (周磨駅 (しゅうまろ)  廃止)

以下 2023/09/05


元は周磨仮乗降場でありJRになったときに駅に昇格した駅です。板きれの駅だったようですが、痕跡もなくGoogleマップでの位置合わせでこのあたりだったとしかわかりませんでした。恵野駅同様に路盤の痕跡すら探すのが難しい状況です。





   (○○○駅 (○○○○○)  廃止)

以下 2023/09/05


廃線後に個人所有となった駅。現在は立入禁止で撮影すら禁止が表明され、ネットに写真など載せると削除命令や提訴するなどの苦情がくるという話しがあるので立入禁止のチェーンの外で私の車を撮影した後ろに偶然映り込んだものをモザイク化して掲載。なので駅名も伏せ字ですが想像にお任せします。

以下 2006/08/21


まだネットが今ほど発達しておらず、情報も少ない時期に訪問しました。入口付近にチェーンもなく立入禁止も表示されておらず勝手に撮影してしまいましたm(_ _)m 最近は悪質で迷惑な鉄が多く、所有主も困り腹立たしいと思います。ゴミ放置、現場を荒らし、器物損壊や勝手に持ち去りなどあることでしょう。またネットでの批判もきっと多いことで腹立たしい思いをしていることでしょう。が、現在天北線跡に残存する唯一の駅舎ということで、歴史的建造物になっているので、できれば深名線の残存駅舎を復活させたみたいに、本格的に修繕してきちんと解放してくれたらなぁと思います。所有者は鉄カメラマンとも聞きますので一般人ではないと思うので機会があればお願いしたいと思うのでした。個人で買い取られず自治体が持っていたらとっくに解体されていたでしょうので、本当にありがたいです。現状は、個人レベルでの補修で放置ではないと思うのですが、ローマ字表記が1文字足りない、窓も描かれたものだったりと少し残念です。老朽化で放置→雪で圧壊にならないことを祈ります。




   (上駒駅 (かみこま)  廃止)

以下 2023/09/05


元は上駒仮乗降場でありJRになったときに駅に昇格した駅です。板きれの駅だったようですが、痕跡もなくGoogleマップでの位置合わせでこのあたりだったとしかわかりませんでした。恵野駅同様に路盤の痕跡すら探すのが難しい状況です。





   (中頓別駅 (なかとんべつ)  廃止)

以下 2023/09/05


無人の野が続きましたが集落のあるところです。町役場やコンビニもあります。駅跡は国道より少し入り込んだところにあり、バスターミナルとなっています。代替バスは廃止されましたが、都市間バスの天北号の停車場になっています。駅前には保存車両のキハ22がありますが、色が微妙な青色に塗装され、外装もボロボロで補修されてないようです。





   (寿駅 (ことぶき)  廃止)

以下 2023/09/05


元は寿仮乗降場でありJRになったときに駅に昇格した駅です。ここも板きれの駅だったようですが、痕跡もなくGoogleマップでの位置合わせでこのあたりだったとしかわかりませんでした。恵野駅同様に路盤の痕跡すら探すのが難しい状況です





   (新弥生駅 (しんやよい)  廃止)

以下 2023/09/05


元は新弥生仮乗降場でありJRになったときに駅に昇格した駅です。板きれの駅だったようですが、痕跡もなくGoogleマップでの位置合わせでこのあたりだったとしかわかりませんでした。恵野駅同様に路盤の痕跡すら探すのが難しい状況です草に覆われていますが、春先の枯れた時期に突進するとホームが残存しているという話しもあります。さすがにこの時期に行くのは自殺行為ですので諦めました。なお、北海道には弥生駅シリーズとして、弥生駅、天塩弥生駅とこの新弥生駅がありましたが全て廃止されています。





   (下頓別駅 (しもとんべつ)  廃止)

以下 2023/09/05


下頓別はまだ小さな市街地があって郵便局もあります。コンビニやガソリンスタンドは無いレベルです。路盤跡を利用して道路を整備しようとしている感じはしますが、どこにつながるか謎っぽい感じなのでこのまま放置かも。駅舎は撤去されましたがホームと模擬駅名標は残っていて公園風に使われているようです。元のホームが残っているだけでも貴重です。





   (常磐駅 (ときわ)  廃止)

以下 2024/09/05


元は常磐仮乗降場でありJRになったときに駅に昇格した駅です。ここも板きれの駅だったようですが、痕跡もなくGoogleマップでの位置合わせでこのあたりだったとしかわかりませんでした。少し前のGoogleアースでは何もありませんが、訪問時には謎の快適トイレが設置されていました。





   (浜頓別駅 (はまとんべつ)  廃止)

以下2023/05/20


天北線の途中駅の中では一番大きな町です。キャンプ場や温泉施設、コンビニ、ガソリンスタンド、道の駅もあります。かつては興浜北線が分岐しており割と大きな駅だったようです。跡地にバスターミナルが建設され、中には当時の鉄道資料が展示されていました。すぐ目の前に道の駅ができた時にバスターミナルがそちらに移転したため、図書館として使われるようになったみたいです。鉄道資料は、すぐ近くの浜頓別町郷土資料館の中にあると図書館の人が教えてくれました。道の駅と図書館を挟む交差点は信号機の無いラウンドアバウトという珍しい交差点です。最近この方式が使われるところがでてきたということですが北海道では他にまだ見たことがありません(旭川にもロータリーはあるが信号もある)。

以下 2007/08/19


バスターミナルだった頃の浜頓別駅跡です。バスの待合所の一角に鉄道資料や駅の模型が置かれていました。建物正面から見て両側がバスの乗り場になっていて、2階部分がオーバーハングで屋根になっておりバスが列車みたいに到着して雨でも濡れずに乗れる構造だったみたいです。





   (山軽駅 (やまがる)  廃止)

以下 2025/01/01



国道沿いにあるバス停です。待合所すらありません。回りは無人の野であり、利用者がいるのか謎。列車の駅跡ということで作られたのかもしれませんがよく廃止にならないものです。

以下 2023/09/04


土盛りのホームに簡易な待合所が2つあるだけの駅で、仮乗降場だったのだろうと思っていましたが、60年代以前には林業が盛んで有人駅だったというので驚きです。既に60年代後半で無人の野になっていたみたいで69年に無人化されていたようです。廃止後は北オホーツクサイクリングロードになっていたようですが、熊が出るということで実質閉鎖されロードは笹だらけになって走れる状態ではなかった(飛行場がそうですし)と思っていました。が、他人様のHPで同年に訪問した記録がありちゃんとホームや片側残った待合所があり道も草に覆われてませんでした。私は、Googleマップのナビに導かれて行ったので、コレ本当に行っていいの?の駅への車でのアクセス路を紹介されてしまいました。草ボウボウで熊が出そうで怖かったです。行けるならサイクリングロード側からのアクセスが良いでしょう。写真はクッチャロ湖側からアクセスしようとしてあと100mほどというところで断念の図です。





   (安別駅 (やすべつ)  廃止)

以下 2025/01/01


ここも立派なバス停の待合所がありました。

以下 2023/09/04


元は安別仮乗降場でありJRになったときに駅に昇格した駅です。ここも板きれの駅だったようですが、待合所はサイクリングロードになった時に休憩所として使われていたようです.。今は草ボウボウの中で役に立っているとは思えません。サイクリングロード自体が熊出没のため閉鎖中です。





   (飛行場前駅 (ひこうじょうまえ)  廃止)

以下 2025/01/01


あいかわらず飛行場が無いのに飛行場前を名乗るバス停です。既になんとなく地名?になっているのかも。

以下 2023/09/04


元は飛行場前仮乗降場でありJRになったときに駅に昇格した駅です。名前が飛行場前とあるのに飛行場が無いというので話題になることが多かった気がします。戦時中に飛行場は作られましたがほとんど稼働することもなく51年に解体撤去されたらしい。その後55年に仮乗降場として開業した時には既に何も無かったはずなのに飛行場前を名乗る謎な駅でした。

以下 2007/08/19


初めて行ったときの画像です。既にホームは崩れかけていました。まだサイクリングロードは稼働していたと思われますが自転車を見かけることはありませんでした。





   (浅茅野駅 (あさじの)  廃止)

以下 2023/09/04



ここは猿払村の消防団倉庫の裏にホームがしっかり残っていました。駅名標は後から作られた模造品ですがありがたいことです。北オホーツクサイクリングロードですが、このあたりはまだ閉鎖されてない感じでした。





   (猿払駅 (さるふつ)  廃止)

以下 2023/09/04


猿払駅だから猿払村の中心だと思われても仕方ないのですが実は違っていて回りにほとんど民家もなく寂しいところです。跡地は公園風の広場でバスの停留所があるだけと駅があったとは全く感じられません。





   (芦野駅 (あしの)  廃止)

以下 2023/09/04


回りに民家も少なく廃屋すらあるところです。そこそこ広い公園ですが、中に東屋が1つあるだけで、そこに「芦野地区交通公園」とあって鉄道に関係するのかな?という程度の痕跡で特に説明の看板などありませんでした。ちゃんと草が刈られており草ボウボウになっていないだけマシかもしれません。





   (鬼志別駅 (おにしべつ)  廃止)

以下 2023/09/04


猿払村の中心駅だったはず。村役場も銀行(信用金庫)もありますがコンビニは無く、海岸沿いの浜鬼志別まで行かないとありません。駅の後は立派なバスターミナルになっています。ちょうど撮影時に廃線後から運行されている代替バスがやってきました。行き先が音威子府になっていますが、稚内から浜頓別の区間は残りましたが、訪問の直後に浜頓別から音威子府の区間は代替バスすら廃止になってしまいました。残りの区間もいつまで走るか謎ですね。バスターミナルの中には天北線関係の駅名標など鉄道関連の資料が多数展示されており、天北線跡をたどる時には必ず訪れたいところとなっています。駅名標や駅名看板は簡単に手が触れられる位置に置いてあるだけというセキュリティ対策は大丈夫か?レベルです。が、見る分には迫力があります。




   (小石駅 (こいし)  廃止)

以下 2023/09/04


跡地は小石交流センターになっています。回りにも民家は無く路線の後もわかりませんでした。炭鉱で栄えたとウィキペディアにありましたが、全く想像すらつきません。80年代にも露天掘りが細々と残っていたというからさらに驚きです。





   (曲淵駅 (まがりふち)  廃止)

以下 2023/09/04



跡地には易者風のバス待合所があり、曲渕ふれあい公園として整備されている。ここも60年代まで天北炭田として栄えていたというから驚きです。かつては構内も広い駅だったみたいです。





   (沼川駅 (ぬまかわ)  廃止)

以下 2023/09/04


回りにまだ民家やコープ、学校などがあります。駅跡は空き地ですが、駅名標や説明看板、ベンチが設置され公園風に整備されていました。路盤跡もまだ残っている感じです。駅前の民家には当時の駅名看板やグッズが窓側に見えるように装飾されていました。60年代前半まで、ここから幌延まで簡易軌道が走っていたというから驚きです。





   (樺岡駅 (かばおか)  廃止)

以下 2023/09/04


駅跡には駅名標が設置されていますが公園になっているわけではないようです。路盤跡も見てわかるくらいには残っていました。道路から駅名標へのアクセスが、どう見ても民家の庭を通っているようで遠慮がちに通って入りました。通ってダメなら書いている…よね?回りにはまだ少し民家が残っています。かつては道路沿いにあったバス停にちょっとショボい駅名標(本物??)がたっていたようです。





   (恵北駅 (けいほく)  廃止)

以下 2023/09/04


道道から近く、いかにも道沿いにあるという感じの駅。それらしく空き地とアクセス路が残り、開基の碑と共に比較的新しそうな駅名標が設置されて公園風になっていた。






   (声問駅 (こえとい)  廃止)

以下 2023/09/04


路盤跡が国道のバイパスになっている。ちょうど工事中の時に行ったこともあるが既に駅跡は未舗装ではあったが道路になっていた。かつての道から駅に至る道だけが残っている状態。比較的稚内に近く周辺にも民家は多い。





   (宇遠内駅 (うえんない)  廃止)

以下 2023/09/04


GPSを頼りに位置を決めたが、少し北側にズレており、実際はもう少し南の大きな通りとの交差点あたりのはず。いずれにせよ痕跡は無いようだ。町の中で比較的新しく戦後の昭和30年にできた仮乗降場だった駅。待合室は無かったらしく板きれの駅だったようだ。





   南稚内駅 (みなみわっかない)  2015/08/18

宗谷本線参照





後で気づきました。なかなか趣のある線で、意外と駅の痕跡が残っているところが多いです。駅跡が最近になってから整備されたところもありやっと見直された感じもあります。ニコニコ動画に3D動画で当時の天北線を再現したものがあり、それを見てすっかり感化されてしまいました。当時の天北線に乗ってみたかったなぁ〜という思いが今頃になって強くなりました。廃止直前まで多くの木造駅舎が残り、有人駅だったところも多かったようで当時訪問していなかったことを悔いています。

2025/03/01